青い空、白い雲

 

『偵察』という名目の空中散歩を満喫したサザキは、天鳥船の堅庭に降り立つと満足げな笑みを浮かべて大きく伸びをした。そして今しがたまで飛び回っていた青空を見上げつつ腰に両手を当てる。

「ん。今日も空はいい風が吹いてたし、雲も綺麗で世は事もなしってな」

いまだ常世との戦の最中だというのに暢気な事をつぶやいて歩き出したサザキだったが、すぐにぴたりと足を止めて怪訝そうに眉をひそめた。だが、すぐにまた笑顔を浮かべると足取り軽く東屋に向かい、見つけたお宝の前で腰を屈めた。

「おーい、姫さん。んなとこで寝てっと風邪引いちまうぞ」

こそっと声をかけてみたが、千尋はすうすうと穏やかな寝息を立てたまま、無防備な寝顔をサザキに見せている。

だがサザキの方も声をかけはしたものの、彼女を起こそうという気はさらさらないので、眠り続ける千尋の隣にそっと腰を下ろすと、彼女の寝顔を見ながら口元に笑みを浮かべた。

「……ったく、可愛い顔して寝てんじゃねぇっての。他の奴に見つかったらどうすんだよ」

言いながら手を伸ばして千尋の前髪をそっと指ですくうと、千尋が微かに身じろいだ。起こしてしまったかと驚いたサザキは手の動きを止めたが、千尋はほんの少し眉をひそめたものの、すぐにまた穏やかな寝息を漏らし始める。

ほっとため息をついたサザキは千尋の柔らかい髪から指を離し、今度は彼女の頭に手を添えて自分の肩へもたれかけさせるように引き寄せた。すると千尋の華奢な身体はあっさりサザキの腕の中に収まってしまったが、それでも彼女は目を開けなかった。

それが少しだけ物足りなかったが、千尋のぬくもりを手に入れた満足感のほうが大きかったので、サザキは笑むと千尋を抱きかかえたままゆっくりと空を仰ぎ見た。

「いい天気だ……青い空と流れる雲。穏やかな風と愛しい姫さん。この世の楽園ってのは、こういう事を言うのかねぇ……」

満足げに呟いて目を細めたサザキの腕の中で、千尋の身体がまた微かに動く。視線を落として観察していると、やがて千尋のまぶたが小さく震え、ついでゆっくりとそれが開かれた。

「よう。ようやくお目覚めかい?」

口元に笑みを浮かべながらサザキが言うと、千尋は眩しそうに眉をひそめてから瞬きを数回繰り返し、改めてサザキを見つめてから恥ずかしそうに頬を染めた。

「真っ先にお帰りなさいって言いたくて待ってたのに……寝ちゃったら意味ないね」

「嬉しいこと言ってくれるなぁ、姫さんは。けど、あんたは毎日頑張り過ぎだぜ? だから眠っちまったんだろ」

「皆に比べたらまだまだだよ。サザキだって、こうして毎日偵察に出てくれてるじゃない。そういうのって、気が抜けなくて疲れるでしょ?」

「まぁな。けど、オレのは趣味と実益を兼ねてるからなぁ。あんたが気にするほど疲れねぇつうか、むしろ楽しいっつうか……」

言って苦笑いしながら鼻の頭を掻くサザキを見上げた千尋は、うらやましそうにため息をついた。

「いいなぁ、サザキは。私も自由に空が飛んでみたい」

しみじみと言う千尋を見つめたサザキは、きょとんとした表情を浮かべた。

「なんだ、今更? 姫さんのお望みのまま、いつだって付き合ってやるっていつも言ってるだろ」

「うん、わかってる……けど、私は自分で飛んでみたいんだってば。サザキと同じ目線で、世界を見てみたいの」

真剣な表情で告げる千尋をまじまじと見つめたサザキは、やがてくっと吹き出して肩を震わせると「もぉ! なんで笑うのぉ!」と抗議する千尋をぎゅっと抱きしめながら声を立てて笑った。

「ほんとにあんたは……可愛すぎだろ。ったく、オレをこれ以上つけあがらせると、どうなっても知らねぇからな」

「え……えっ?」

サザキの言葉に目を白黒させる千尋の様子にもう一度笑うと、サザキは熱を持った顔を彼女に見られないように気をつけながらそっと空を見上げ嬉しそうに目を細めた。

「世は事もなし、ってのは撤回だ。姫さん、あんたと一緒にいると、この世は嬉しい事だらけだぜ」

おわり