贈り物

(1)

――朝から機嫌が悪いとは珍しい。

せっかく時間を見つけてきたというのに、皆から離れた部屋で独り険しい表情で太刀の手入れをする九郎の側に、弁慶はすっと近づいた。

「――なんだ?」

機嫌は悪くても、さすがは一軍の将。弁慶の気配を察知した九郎は、振り返りもせずに声を出した。

おやおや、ずいぶんと怖い声だ。

「特に、用ではないのですが」

「なら向こうに行っていろ。精神統一の邪魔だ」

「そんな怖い顔では、邪念だらけで難しいのではないですか?」

弁慶がさらりと言うと、九郎の手がぴたりと止まった。と、彼はゆっくりと首だけ振り返った。

「余計な世話だ。それにこの顔は生まれつきで、直すことなどできん」

「そうですか? でも望美さんは『よく見ると九郎さんって、可愛い顔してますよね』とおっしゃっていましたよ?」

「なっ!?」

振り返ったまま瞬時に真っ赤になった九郎は、慌てて顔を背けるとがしがしと乱暴に太刀の柄を布でこすり始めた。

「ま、まったくっ! どうしてあいつは、人を愚弄するようなことをべらべらしゃべるんだっ!」

「愚弄などしていませんよ。照れてはいましたが、それがとても可愛らしくて、思わず妬けてしまうほど良い表情でした」

「そ、そんなことを観察するなっ! だいたい、望美の言ったことを真に受けるなど、そもお前らしくないぞ弁慶!」

「ああ、九郎、そんなに乱暴にしたのでは、柄が余計に汚れてしまいますよ。ほら、綺麗な部分を使わなくては」

「わ、わかっているっ!」

指差された部分を乱暴に拭くと、弁慶の失笑がまた聞えた。九郎は顔を上げると恨めしそうに彼をにらみ、精いっぱい声を怒らせてみた。

「お前、朝餉の途中なのだろう? 俺のことはいいから、早く皆のところへ戻れ!」

「そうはいきませんよ。皆に対してあんな態度をとる大将に、ひと言苦言を申し上げなければ」

「誰だって虫の居所が悪いときもあろう! 俺の場合、それがたまたま先ほどだっただけのことだ!」

「朝餉の席に着くまでは、たいそうごきげん麗しい様子でしたけれどねぇ。いえ、景時が望美さんの側に行くまでは、と言った方がいいですか」

弁慶の言葉に、九郎はまたもや押し黙った。どうやら、弁慶を相手に言葉の駆け引きをするのは不利などころか、追いつめられるだけらしい。だから九郎はしばらく押し黙ったあと、深くため息をついてから、太刀を見つめたままで口を開いた。

「お前、気がつかなかったか?」

「なにがです?」

弁慶が首を傾げると、九郎は何か言いかけ、またためらった。だが、小さく息を吐くとゆっくりと顔を上げ、怖いくらい真剣な表情で弁慶を見た。

「望美の匂いと景時の匂い…が、同じだったってことに……だ」

弁慶はしばらく視線を宙に泳がせてから「ああ」とつぶやき、にこっと笑った。

「そう言われてみればそうかもしれませんね。……で、それがなにか?」

「なにかじゃないだろうう!!」

叫ぶと九郎は片膝立ちになって弁慶に詰め寄り、彼の落ち着いた顔を睨みつけた。

「あれが移り香というものだろうことくらい、いくら俺でもわかるっ! ということはだな、つ、つまりっ!」

「望美さんと景時が、昨夜同衾したとでも?」

弁慶の口からあっさりと漏れた言葉に、九郎は眉をひそめて頬を朱に染めた。

「はっ、はっきり言うなっ!」

「子供でもあるまいに、何を照れているんです?」

「うるさいっ」

むうっと口を引き結んだ九郎の顔は、都で最近流行っている紅の色よりも赤くなっていて、弁慶の口元についつい笑みが浮かんだ。

――なるほど、悋気ということですか。

それであのような横柄な態度をとるとは、まったく、いつまでも童子のようなことだ。

「それほど気になるのならば、じかに望美さんに訊いてみたらどうです?」

弁慶の言葉に、九郎は飛び上がらんばかりに驚いて立ち上がった。

「ばっ、馬鹿を言うなっ!! そのようなこと、女人に訊くなど出来るわけがないっっ!」

「ならば、景時を問いただせばいいでしょう?」

「なおさらできるか、そんなことっっ!!」

「そうですね。負け犬の遠ぼえだと捉えられかねませんからね」

言うと弁慶は、怒りにわなわなと震えだした九郎を見上げた。

「直接訊くのもいや。だからと言って、相手の男に問いただすことも出来ない。やれやれ、源氏の御大将は、いつからこんなふ抜けになったのやら」

「だ、黙って聞いておれば弁慶、貴様っ……立てっ! 立って太刀を取らんかっっ!」

「挑む相手が違うでしょう。僕ではなくて、相手は景時ではありませんか」

「ええいっ! そうやってまた俺を愚弄する気か! 今日という今日は許さんぞっ!」

「……まったく。あなたがそんなだから、望美さんが……」

「私がどうしたんですか、弁慶さん?」

ひょこっと入り口の影から望美が顔をのぞかせると、九郎は驚いて振り返り、真っ赤になって慌てた。