夜店を見に行こう

 

母親に着付けてもらった浴衣姿で、望美は下駄を鳴らしながらくるりと廻ってみせた。

「どう。おかしいところ、ない?」

声をかけられた譲は微笑みながら「大丈夫です。よく似合いますよ」と答えた。

「ありがと、譲くん。……将臣くん、なに? どっかおかしい?」

不安げに問いかける望美に対して、将臣は

「……ふーん」と呟くと、顎を片手でなでながら呟いた。

「いや。馬子にも衣装っつうのは、まさにこれだなぁと…」

「な、なにそれ!」

「兄さん……」

むうっと頬を膨らませる望美と渋面を浮かべる譲に詰め寄られた将臣は、苦笑しながら慌てて手を振った。

「あ、悪ぃ。謝るから、そんなすごい顔すんなよ」

「ひっどーい! 私の顔がすごいってどういう事よぉっ!」

「そうは言ってねぇだろ。しっかし、九郎に見られたらマズいぜ、その顔」

「あー、また言った!」

望美に詰め寄られて、困りながらもどこか楽しそうな将臣は少しずつ玄関の門から中に後退した。と、玄関の扉を開けて出てきた九郎に軽くぶつかり、将臣は振り返って眉尻を下げた。

「おう九郎、いいとこきたな。悪ぃけど、こいつなんとかしてくれねぇ?」

「なんだ? どうかしたのか?」

怪訝そうに眉をひそめた九郎は、将臣の影に望美の頭を見つけ、彼の肩越しにひょいと身を乗り出して覗き込んだ。そして顔を上げる望美と目が合うと、途端にぎしりと身体を硬直させた。

「九郎?」

振り返った将臣に声をかけられた九郎は、はっと我に返ると顔を赤らめ、わずかに視線をそらした。

「い、いや、なんでもない。……すまん。仕度に少し、手間取った」

ぼそりと呟くと九郎は、将臣と望美から離れて大きく迂回するようにして歩むと、門の外に立っていた譲の元へそそくさと近寄った。

「待たせて悪かったな、譲。では、行こうか」

「あ、はい。兄さん、先輩! もう行きますよ」

「お、おう。……ほら、望美、行くぞ!」

「う、うん」

毒気を抜かれたような表情を浮かべていた望美は、やはり不思議そうな顔をしている将臣に促されてこくんとうなずくと、将臣の後を追って駆け出した。そして譲と九郎に追いつくと、ごく自然に九郎の隣に寄り添い、前を見たままの彼の浴衣の袖をくいっとひっぱった。

「ね、九郎さん」

「ん……うん?」

「お祭りにはね、いろいろな出店が出るんだけど、私、金魚すくいがけっこう得意なんだ」

「そ、そうか」

「射的は将臣くんが得意なの。でね、意外なんだけど譲くんは苦手なんだって。弓と鉄砲じゃ狙い方が違うからって言うんだけど、そういうものなのかな」

「譲が言うなら、そうなのだろう」

「金魚すくい? 射的? それはどんなものなんだ?」と聞かれるだろうと身構えていたが、九郎は心ここにあらずといったふうに、ただ真っ直ぐに前を見て歩いている。

「もう少し夜が更けたら、花火も上がるから。あ、花火は知ってますよね?」

「あ、ああ。以前、景時が作ったものだろう? 昨夜、庭で皆とやったのも確か花火と言っていたが、あれはずいぶんと小さかったようだな」

「昨日のは線香花火って言ってね、家庭用花火の中でも一番地味なものなんです。でも…私はけっこう好きなんだけどね。小さいけど一生懸命で、控えめな火花だけど、品があって綺麗だし…」

話している途中で視線を感じた望美は、ふと顔を上げて九郎を見上げた。すると彼は弾かれたように肩を揺らすと、再び彼女から顔を背けてしまった。そのことが寂しくて、望美は一瞬悲しそうに目を伏せたが、すぐにまた顔を上げた。

「や、やっぱり九郎さんは、浴衣とか似合いますね!」

「え?」

「着慣れているっていうのもあるだろうけど、和服が似合うっていうのは、きっと姿勢がいいからなんだろうな、うん」

ひとり納得したようにうなずく望美をちらりちらりと盗み見ながら、九郎は

「そ、そうか」と、やはり曖昧な相づちを打った。

何を言っても訊ねても、はっきりしない返事を返すだけの九郎を見上げ、やがて望美はじれたようにもう一度、彼の袖を軽く引いた。

「ねぇ、九郎さん」

「う、うん。どうした?」

「あの……どうかな、私?」

「な、なにがだ?」

「なにがって……浴衣、ヘンじゃない、かな?」

「あ、ああ」

もごもごと言いよどみ、こちらを見ようともしない九郎の様子に、望美はしばらく恨めしげに彼を見上げていたが、やがて小さくため息をついて肩を落とした。

「やっぱり似合わない、んだ……」

そうぽつりと呟いた望美は、やがて顔を上げて立ち止まるとくるりときびすを返した。そんな望美に驚いた九郎は、ようやく彼女の方へ向き直った。

「ど、どうしたんだ?」

「……私、着替えてくる。ゴメンね、九郎さん。将臣くんたちと先に行ってて!」

「待て、望美っ!」

泣きそうな顔を見られないようにと慌てて走り出そうとする望美の様子に、九郎は思わず叫んだ。そして彼女の腕を慌てて掴むと、不安げな表情を浮かべて振り返る望美を照れ臭そうに見ながら、九郎はぼそりと呟いた。

「だ、誰も似合わんとは言っていない…その…し、少々驚いただけ、だ」

「驚いた…って?」

望美が不思議そうに首をかしげると、九郎は望美の腕から手を離し、再び視線をそらして顔を赤らめた。

「その…いつもの格好と雰囲気が違った……から」

九郎の言葉にぽかんと口を開けていた望美は、やがて相好を崩すと口元を押えくすくすと笑いだした。

「やだな、もう。向こうにいた時だって、私、こういう格好していたじゃないですか」

「そ、そうだが…いつもは戦装束の方が多かったじゃないか。それに久方ぶりに見たら、なんというか…ずいぶんとその……女らしく見えるというか…」

「…九郎さん」

「俺の方こそ、すまなかった。決して上の空だったわけではないんだが、結果的に…お前に不快な思いをさせてしまったな」

九郎の謝罪の言葉に笑いを止めた望美は、改めて彼の前につつっと歩み寄ると、その顔を上目遣いに見上げ、確かめるように口を開いた。

「……じゃあ、着替えてこなくても…いい?」

「ああ、その必要はない」

ぼそりと呟くと、九郎はちらりと望美を見おろした。そして彼女がなおもじっと自分を見つめていることに一瞬ひるんだが、やがて小さく息を吐き出したかと思うと、何かを決意したように改めて彼女をじっと見つめてから、柔らかく微笑んだ。

「そのままでいい、望美。よく似合っていると思う。……まるで天女のようで…とても、綺麗だ」

開き直った九郎ほど、天然で恐ろしいものはない。そう、望美が思うのは、いつもこんな瞬間だ。

「よし! 行くぞ、望美!」

「え、ち、ちょっとっ!?」

動揺する望美にもう一度笑顔を向けると、九郎はためらうことなく彼女の手を取って握りしめ、そのまま歩き出した。

「こちらの祭りとはどういったものか興味がある。それに『金魚すくい』とやらのお前の腕前、ぜひ見せてもらわなくてはな!」

 

「すまん、二人とも待たせたな!」と言いながら、先ほどまでの動揺が嘘のように晴れやかな表情で歩いてくる九郎と、その隣で真っ赤になってうつむき、彼の陰に隠れるようにして付いてくる望美を待っていた将臣と譲は、やがてどちらからともなく顔を見合わせて曖昧な笑みを浮かべた。

おわり