いつものように乱雑に散らかった室内を黙々と片付け終えたほたるは顔を上げると、腰に手を当てて満足げに胸を反らした。
「うん、こんなものかしら」
呟いて首を巡らせたほたるは、そのまま狭い室内を横切って外に出ると、日差しの高さに眩しげに目を細めて歩き出した。
「川の辺りにいらっしゃるかな。風が吹き抜けて気持ちがいいって言っていたし…」
ぽそりと呟きつつ足を速め、木立の中を抜けていく。本当は木を飛び渡った方が早いのだが、今日は忍び稼業は休業すると決めているから、普通の娘らしく丁寧に草木を避けながら道なりに歩いて行く。それは誰に指摘されたわけでもない、ほたる自身が決めたことだ。
あの人に逢う時くらい、ただの恋する娘でいたいから。
生い茂る丈の高い葉を左右に分けて身を乗り出したほたるは、予想通り川縁に想い人の姿を見つけて顔をほころばせた。着物の裾を軽く摘んで持ち上げながら、かさかさと草を踏み分けて草むらを抜けて足を速めると、大木の影に背を預ける男に微笑みかけた。
「お片づけ、終わりましたよ」
腰を屈めて男の顔を覗きこんでみたが、彼はほたるの気配に気づかないのか、軽く目を閉じたまま規則正しい寝息を漏らしている。そんな男=百地尚光の様子にほたるは笑みを深くすると、さらに膝を曲げて顔を近づけた。
「師匠、起きてください。こんなところでいつまでも眠っていると、寝込みを襲われますよ」
言ってくすりと笑ってみせたが、百地は起きる気配がまったくない。腕を組んだまま肩を軽く上下させて呼吸を繰り返す百地の様子を、ほたるはしばらく黙って観察していた。
やがて軽く肩をすくめたほたるは上体を起こすと、百地の隣に身体を寄せてゆっくりと腰を下ろした。そうするとちょうど上空の葉が太陽の光を遮ってくれて、思いの外涼しい場所だというのが分かった。
「さすがですね、こんな快適なお昼寝場所を見つけるなんて」
ふぅ、と息を吐いて涼しさに気を弛ませたほたるは、そのまま百地の隣でぼんやりと川面のきらめきに見入っていた。しかし、どうあっても百地が起きそうもないことに痺れを切らし、ゆっくりと首を巡らせると軽く口を尖らせた。
「まったく。私の気配にも気がつかないなんて、腕が鈍っているんじゃないですか? 本当に、寝込み襲ってしまいますよ?」
言って困ったように微笑んだほたるだったが、不意に動いた百地の腕に抱き寄せられ、驚いて小さな悲鳴を上げた。
「きゃ!!」
「黙って聞いていれば…お前の気配など、とうに気づいているに決まってる」
呆れたように呟いた百地は、それでもまだ目を閉じたままだ。逆にほたるは大きく目を見開き、百地の腕の中で恐る恐る首を巡らせて師の顔を見上げた。
「で、でしたら、何故、起きてくださらなかったんですか?」
「別に、早々に起きる意味もないだろう。庵が片付いたからといって、すぐ戻る必要もないしな」
だったら、ここでもう一眠りしていてもかまわんだろうが…と続けた百地はほたるを抱く腕の力をゆるめ、身じろいで体勢を直した彼女の肩を改めてそっと抱き寄せた。
「お前も、少しここで休んでいけ。片付けで疲れただろう」
「そう思うのなら、少しはご自分で片付けておいてください」
呆れてぼやくほたるの様子に百地は喉を鳴らして笑うと、ゆっくりと目を開けて彼女の方へ顔を向けた。
「まぁ、そう怒るな。ところで…俺の寝込みを襲うんじゃなかったのか? 弟子の挑戦は、師としてはぜひとも受けなければならんと思っているんだが」
言って百地が目を細めてみせると、ほたるはまた逆に目を大きく見開いてから、素早く百地の胸元に朱に染まった顔を埋めて隠してしまった。