練習中はあまり感じなかった夏の日差しを、ヴァイオリンをケースに入れた途端にやけに感じて、小日向かなでは目を細めるとケースを胸元に抱えて歩き出した。
それにしても毎日飽きもせずに照りつけるものだと、空でらんらんと輝く太陽を恨めしげにちらっと見上げたかなでは、ようやく辿り着いた菩提樹寮の門を入ったところで足を止めた。
「……火積くん?」
かなでのつぶやきに、それまでパチンパチンと規則的に鳴っていたはさみの音が止まり、顔を上げた火積司郎は門扉の前で佇むかなでの姿に瞠目した。
「小日向……練習、終ったのか?」
「うん。今日は早めに終らせようって律くんが」
こくりとうなずいたかなでは、そのまま火積の方へゆっくりと歩み寄った。そして再びはさみの音を響かせ始めた彼の手元を覗き込んだ。
「剪定してくれてるんだ」
「ああ……八木沢部長が始めたんだが、急に東金たちに呼ばれてな。だからその間は、俺が代わりにと思ってよ」
言いながら生い茂った小枝をかき分けつつはさみを入れる火積の真剣な横顔を、かなではほんのり頬を染めながら見つめた。
「ごめんね。そういうの、ほんとは私たちがやらなくちゃいけないのに、いつも八木沢さんと火積くんに任せちゃって」
「別に、いい。俺らは厄介になってる身だ、これくらいさせてもらわねぇと。……それにあんたらはまだ先があんだから、んな細いことは気にしねぇで、練習に身入れとけ」
「……うん、ありがと」
かなでがうなずくと、火積の口元に微かな笑みが浮んだ。その表情にとくりと心臓が高鳴るのを感じたかなでは、慌てて彼から視線を外すとそっと小さくため息をついた。 だが額の汗を手の甲で拭う火積を視線の端に捉えたかなでは、またすぐに彼に向き直ると心配そうに眉をひそめた。
「火積くん、ずっと立ちっぱなしで疲れたんじゃない?」
「いや。時間にしたら大したこたねぇんだが……今日はやけに蒸すからよ」
「今朝の天気予報で、今日はこの夏最高の暑さになるって」
「ああ……どうりで」
小さく舌打ちして目をすがめる火積をしばらく観察していたかなでは、やがて彼のシャツの袖口をくいっと軽く引いた。そして怪訝そうにこちらに目を向ける火積を見上げてにこりと笑った。
「あのね。冷たい麦茶入れてくるから、少し一緒に休憩しない?」
かなでの申し出に火積は戸惑ったように視線を泳がせたが、やがて小さく息を吐くとわずかに口角を上げた。
「……そう、だな」
するとかなでは嬉しそうに微笑んで、火積の袖から手を離した。そうして改めてヴァイオリンケースを両腕で抱え直すとくるりときびすを返し、肩越しに振り返った。
「それじゃタオルも持ってくるね。火積くんの顔、真っ赤だし」
「あ、いや。こ、これは……」
「日に焼けたっつうよりも…」とぼそぼそ続けたが、それは軽快な足取りで駆け出したかなでには聞こえなかったようで、ぱたんと閉じられた扉を見つめた火積は、やがて頬を赤らめたまま頭を掻くと、ふたたび生い茂る青草に目を向けてはさみを握り直した。