机の上で小さく震えだした携帯電話に、小日向かなでは慌てて手を伸ばした。手に取ってボタンを軽く操作し、画面を見てから、嬉しそうな笑みを浮かべる。
まるで夏場のアイスクリームのように蕩けた彼女の笑顔を見た村上夏希は、かなでと携帯を見比べてから口を開いた。
「もしかして、お誘いメール?」
するとかなでは一瞬驚いたように身体を震わせたが、すぐに照れた笑顔を浮かべて小さくうなずいた。
「うん。よかったら、一緒にお昼食べないかって」
「はいはい、いってらっしゃいませ」
譜面をかばんに詰めながら谷奈央はそう言うと、呆れたように肩をすくめた。だが、すぐに口元に笑みを浮かべると、上体を折り曲げるようにしてかなでの顔を覗き込んだ。
「独り者の私らは、女二人でランチしてくるし。けど明日、必ず戦況報告してもらうからね」
「ほ、報告って……」
かなでがたじろぐと、夏希と奈央は顔を見合わせ、二人同時にかなでに向き直った。
「当然でしょ。友情より彼氏をとるんだから」
「か、彼氏!? ちっ、違うよそんなのじゃなくてっ!……わ、私が一方的に想ってるだけで……っ」
顔を真っ赤にしてもじもじと身体を揺するかなでの様子に、夏希と奈央はまた顔を見合わせて笑った。
「なに言ってるの。好きじゃない子にランチのお誘いメールなんかするわけないじゃなーい」
「そ、そうかな?」
「……そうだといい、けど」とつぶやいて口元に笑みを浮かべるかなでの背中を、奈央はばしんと叩いた。
「ま、楽しんできなって。如月くんによろしくね」
背を叩かれた痛みに一瞬顔をしかめたかなでだったが、すぐに怪訝そうな表情を浮かべた。
「なんで、響也の名前が出てくるの?」
すると今度は夏希がくすりと笑い、目を細めてかなでの前で右手の人差し指を立てて小さく振った。
「もう、誤魔化してもわかってるんだから。そのメール、如月弟くんからでしょ?」
「……え?」
夏希の言葉にかなではぽかんとした表情を浮かべ、ゆっくり顔を上げると友人二人を交互に見比べた。
「響也……じゃないけど」
「またまた。私たちに誤摩化さなくてもいいって」
「ご、誤摩化してなんかいないよ。ホントに響也じゃないもの」
「でも、小日向さんと如月くんって付き合ってるんでしょ?」
当然のことのように夏希が言うと、かなではあんぐりと口を開けたまま固まってしまった。そんなかなでをしばらく見つめていた夏希と奈央だったが、かなでがまったく動こうとしないので、奈央は彼女の顔の前で左手を広げて何度も振ってみた。
「……小日向、ちゃん?」
するとかなでが我に返ったのか、弾かれたように肩を震わせると、いきなり立ち上がり両の拳をぎゅっと握りしめて叫んだ。
「ちっ、違うよ! 響也はただの幼なじみっ! 付き合うとかそんなんじゃないよっ!」
「でも……二人とも仲良いし、名前で呼び合ってて特別っぽいじゃない」
「それは幼なじみだから! 子供の頃から呼んでるだけで、特別だとか意識したことなんてないもん!」
慌ててはいるものの、かなでの返答は意外に冷静で理にかなっている。どうやら嘘は言っていなさそうだと判断した二人はそれならと、今度はメールの送り主を知りたいという欲求を満たすことにした。
「まぁ、小日向ちゃんがそこまで言うなら信じないこともないけど」
「信じるも信じないも、私、本当のことしか言ってないから」
「……じゃあ、メール送ってきたのってホントは誰なの?」
「それは、もちろんほ……」
二人の誤解が解けそうで安心したのか、かなでは夏希の笑顔に釣られてメールの送り主の名前を口走りそうになったが、急に息を飲むとかあっと顔を赤らめてまた椅子に座り込んでしまった。
「……な、ないしょ…です」
ぽつりつぶやいてうつむいてしまったかなでの真っ赤な耳を観察していた夏希と奈央だったが、やがてどちらからともなく顔を見合わせるとにっこりと笑い、示し合わせたようにかなでの携帯に手を伸ばした。
「きゃあ! な、なに?」
「「白状しなさい! メール、誰から来たの!?」」
「わわっ! やだっ見ちゃだめーっ!!」
音楽室の鍵を締めるために戻って来た榊大地が扉を開けて目撃したのは、夏希と奈央に押さえ込まれるかなでの救いを求める半べそ顔だった。