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指折り待つ日

(1)

ホテルのフロントで鍵を受け取った如月律は、皆が固まってわいわい騒いでいるロビーヘ向かった。そして振り返った八木沢雪広にそのうちの一つを渡しながら口を開いた。

「明日の予定は、朝食の時に決めないか。今日は皆、疲れているだろう」

「そうしましょうか。ただ明日はあまり時間もないですし、団体行動をしたほうがよさそうですね」

言って微笑む八木沢に微かにうなずいてみせた律は、八木沢の隣にいた水嶋新、火積司郎に鍵を手渡してから、星奏学院メンバーの方へ向き直った。

「明日の朝食は6時30分から8時30分までだ。その間に各自食事を取り、ロビーに9時集合とする」

弟の如月響也以外がうなずくのを確認した律は、最年少の水嶋悠人に鍵を渡した。

「水嶋、響也と同じ部屋で頼む。俺は大地と同部屋だが、もしなにかあればかまわない、いつでも連絡をしてくれ」

「はい。響也先輩の監視はお任せください」

「おい。なんだよ、それ」

神妙な面持ちでうなずく悠人を目を細めて睨む響也の隣で、今回の神戸旅行では紅一点である小日向かなではくすっと笑った。そして律の前に一歩進み出ると、右手の平を上に向けて差しだした。

「律くん、私のお部屋もみんなと同じ階なの?」

かなで以外の皆はツインの部屋だから、階数は同じだろう。だが、シングルの部屋が同じ階に確保できるかはわからないので、かなでの疑問は当然だ。 しかし振り返った律はわずかに目を見張ると、視線を至誠館の面々が集まっているほうへ向けて堂々と言い放った。

「ああ、小日向は火積と同じ部屋だ。鍵は彼に渡している」

「「…………え?」」

律の言葉に、火積とかなでは同時に固まった。と同じようにぽかんとした表情を浮かべていた響也が我に返ると、律に詰め寄り眉をひそめた。

「おまっ、なに考えてんだよっ!」

だが怒鳴られた律は涼しい表情のまま、響也の怒鳴り声にほんの少し目を細めただけだ。

「なにを怒っている? 久しぶりに会ったのだから、積もる話もあるだろうと俺なりに気を利かせたつもりだったんだが?」

「あーうん。律にしては、かなり気が利いてるな」

言ってくすくすと笑う榊大地を睨み「榊先輩っ!」と短く叫んだ悠人は、やや頬を赤らめて珍しく響也と一緒に律に抗議を始めた。

「失礼ですが如月部長、僕もそれはまずいと思います。もちろんお二人を信じていないわけではありませんが、その……万が一、ということもありますし」

語尾を濁しながら悠人は言うと、ちらっとかなでに視線を向けた。そこでようやく我に返ったかなでは顔を赤らめると、申し訳なさそうに顔を伏せてしまった。そんなかなでを無言で見つめた律は、やがて小さく肩をすくめるとくるりときびすを返した。

「そうか……では、部屋をもうひとつ追加してもらえるか、聞いてみよう」

律の言葉に響也や悠人はほっとした表情を浮かべたが、大地だけは戯けたように肩をすくめてみせた。

「やれやれ。ハルはともかく、響也も意外と融通がきかないね。それとも、可愛い幼なじみを取られるかもって心配なのかな?」

「なっ!? んなわけあるかっ!」

「榊先輩っ! どうしてそうあなたはっ!」

今度は攻撃対象を大地に変更した響也と悠人を前に、かなでは少しずつ赤みの引いてきた頬を手の平で押さえながらゆっくりと顔を上げた。だが、そこに律と八木沢、それからだいぶ遅れて火積が何やら難しそうな顔をして戻ってきたので、不安げに眉をひそめると彼らに駆け寄った。

「あ、あの……律くん?」

すると律はかなでをじっと見てから、隣の八木沢に視線を移した。律の目線を感じた八木沢は、小さくため息をつくとかなでを見つめ、微かに頭を下げた。

「申し訳ありません、小日向さん。今日は部屋が満室で、変更がきかないそうなんです」

「え…」

思わず声を漏らしたかなでは、そこでようやく追いついた火積を見上げた。火積はちらっとかなでを見たが、すぐに視線を逸らすと深いため息をついて頭を下げた。

「すまねぇ……」

「あ……ううん、火積くんが謝ることじゃないよ」

「ああ。この場合謝んなきゃならねぇのは、うちの馬鹿兄貴のほうだからな」

かなでの後ろから近づいてきた響也は腕を組み、律を睨んで顎をしゃくった。

「ホテルを予約するときに、ちゃんとあんたが部屋割りを考えればよかっただけだろ。ったく、余計なことばっか気を回して、肝心なとこぼーっとしてんだから」

だが、そんな響也の仏頂面に申し訳なさそうな表情を浮かべたのは、律ではなく八木沢だった。彼は口元に拳を添えると「まぁ済んでしまったことは仕方がありませんが……それにしても、困りましたね」と言うと、ちらっと火積を見上げた。 すると火積は一瞬息を飲んだが、すぐに顔を朱に染めて首を振ってみせた。