ヴァイオリンアイコン

今、思ってる事が同じなら

 

「あ! かなでちゃん発見っ♪」

そんな水嶋新の歓声に、火積司郎はぴくりと肩を震わせると眉をひそめて振り返った。

先ほどから棚や机の中を整理するたびに余計なものばかり見つけて新がはしゃぐものだから、部室の大掃除が一向に進まない。そして今も、棚に並べていた活動記録のノートの中に挟まっていた、横浜で撮った写真の一部を見つけて先輩である伊織浩平を手招きしている。

「伊織先輩、これ見てくださいよ。ほらほら?」

「あ、新くん……そういうのは、掃除を終わらせてから見たほうがいいと思う、よ」

「そんな硬いこと言わないでくださいよーぅ。ね、このかなでちゃん、いつもと少し雰囲気が違うでしょ?」

言って困惑顔の伊織の前にその写真を差し出すと、ちらっとそれに目をやった伊織はほんの少し眉をひそめた。

「あ……本当だ。この小日向さん、ちょっと寂しそう…かも」

「でしょ? ちょっとアンニュイな感じっていうか。でも、そこがまた色っぽくないですか?♪」

伊織の言葉に満足げにうなずき、へらりと笑う新に、火積は渋面を浮かべたまま拳骨を食らわせようと近づいた。しかし腕を伸ばしたところへ、目の前に件の写真を突きつけられて動きを止めた。

「はい! しょうがないから、火積先輩にも見せてあげますよ。俺の渾身の一枚!」

「っ!?」

差しだされた写真の中には、確かに火積が想う少女が写っていた。だがその表情は、彼がいつも見たり思い浮かべる愛らしい笑顔ではなく、どこか物憂げで寂しそうで、ぼんやりと遠くを見つめているように見えた。

「この時、小日向さん……どこを見てたんだろうね?」

無言で写真に見入る火積の隣で伊織が小さく呟くと、火積は反射的に手を伸ばして新の手から写真を奪い取った。そして「わっ! 火積先輩ずるいっ!」と抗議する新の叫びを無視し、写真の中のかなでの様子に眉をひそめた。

――なんで……こんな顔してんだ。あんたはいつも、俺の前では笑ってたじゃねぇか。

かなでにこんな表情をさせた原因はなんなのかと、今さら考え込む火積をちらっと見上げた伊織は、やがて目元を細めると微かに笑った。

「ふふっ……ボク、わかったよ。小日向さんがこの時、何を考えてたのかって…」

「え…?」

伊織の言葉に、火積はびくりと肩を震わせて彼をまじまじと見おろした。すると新も、座っていた机から飛び降りると伊織の両肩に後ろから手を置き、腰をかがめて彼の顔を覗き込んだ。

「マジですか、伊織先輩!? 教えて教えて!」

すると伊織は小さく笑ってから、改めて火積を見上げた。

「君だよ、火積くん。小日向さんはこの時、たぶん火積くんのことを見てたんだと思う」

「……俺?」

驚いて息を呑んだ火積が、やがて改めて問い直すと、伊織はこくりとうなずいた。そして怪訝そうな表情を浮かべる新に目を向けてから、にこりと微笑んだ。

「新くん、写真を見てた火積くんの顔、写ってる小日向さんと同じじゃなかった?」

言われて新は、わざとらしいほど眉をひそめて考え込む風を装いながら、火積をまじまじと見つめた。

「うーーーん。そう言われると、そうだったような…違うような……」

新に舐め廻すようにじろじろと見つめられ、火積は不快げに眉をひそめた。だが伊織は柔らかい笑みを浮かべたまま、言葉を続けた。

「ボクには、同じに見えたよ。だからきっと小日向さんもこの時、火積くんのことを考えてたんだと思う。もうすぐ会えなくなってしまうとか、寂しいとか……そう、思っていたんじゃないかな」

伊織の言葉に、火積は改めて写真の中のかなでに視線を落とした。そして今ももしかしたら、こんな顔をしているのだろうかと考えた。するとその途端、新が「ああっ!」と叫んで、火積を指差した。

「いま火積先輩、かなでちゃんのこと考えてたでしょ! 写真と同じ顔してた!!」

「な…っ!?」

焦って顔を上げる火積の前で、伊織は新を振り返って屈託ない笑顔を浮かべている。

「ね? ボクの言った通りでしょう? たぶん、恋をすると皆ああいう顔になるんだね。好きな人の事を考えると、自然とああいう表情になってしまうんだよ」

「うわ。伊織先輩、すごい少女趣味っぽい発言ですよ、それ」

「そ、そうかな?」

「そうですよー。って、そもそも火積先輩が恋とか愛とか……ぷぷっ。に、似合わなすぎ。あはははっ!!」

「あ、新くん……」

からからとお腹を抱えて笑う新と、後輩の態度におろおろする伊織の前で、火積はしばらく無言で肩を震わせていた。が、やがて真っ赤になった顔を上げると、まったく笑うのを止めない新の頭めがけて拳を降りおろした。

「つまんねぇこと言ってねぇで、さっさと掃除しろっっ!!」

涙目になって頭を擦りながら持ち場に戻る新を一睨みしてから、火積は伊織をちらっと伺い見た。そして彼がこちらに背を向けたのを確認し、握りしめていたかなでの写真に目を落とした。

そして小さなため息を一つ零したかと思うと微苦笑を浮かべ、シャツの胸ポケットにそっと写真を滑り込ませた。

おわり