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今の言葉をもう一度

 

「はっ、離しちゃいやだよ、火積くん。絶対、ぜ、ぜったい離さないでね…っ」

「ああ、大丈夫だ」

泣きだしそうな声を出して必死にしがみつく小日向かなでを見おろし、火積司郎は照れ臭いやらおかしいやらで、複雑な笑みを浮かべた。

辺り一面に広がる雪景色の中、かなでは初めて足につけたスノーボードの所為で先ほどから何度もバランスを崩し、その度に小さな悲鳴を上げて火積に縋り付いていた。

「そんなに怖がるな。転んだって、雪は柔らかいから怪我なんかしねぇ」

「わ、わかってるけど……でもっ、こ、怖いんだもん…っ!」

笑いをかみ殺して火積が言うと、かなでは必死な形相を上げて火積を恨めしげに見上げた。その途端、雪上を滑り落ちようとするボードに足を取られ、かなではまた悲鳴を上げると、火積の胸元に頬を擦り寄せるように抱きついた。

「っ! こ、小日向っ! しがみつくなっ!」

「だっ、だって滑るんだも……きゃあっ!!」

ひと際大きく叫んだかなでは、もはや自分では制御できない身体をどうにか建て直そうとして、ボードを思いきり踏みつけた。だがその所為でつるりと足を滑らせたかなでは、火積のボーダージャケットを握りしめたまま後ろに転んでしまった。

思いがけない力で引っ張られた火積も、最初はかなでを抱き寄せて踏ん張ったのだが、いかんせん雪上の斜面で片足にボードをつけたまま、二人分の体重を支えるなど出来ようはずもなく、結局、慣性の法則にしたがってかなでに覆いかぶさるようにして倒れ込んだ。

それでもどうにか腕をついて、かなでを押し潰すのだけは回避した火積は「…はーっ」と安堵の息を漏らし、雪に背中を埋めたかなでを見おろして口を開いた。

「大丈夫か? どっか、痛いとことかねぇか?」

「……うん、大丈夫」

「雪って柔らかいね」と改めて感心したように呟いて笑うかなでを見つめ、火積はもう一度安堵の息を吐いてから小さく微笑んだ。

「だから、怖かねぇって言ったろ?」

「……雪が怖いわけじゃないもん。転ぶのが怖いんだもん」

ぷうっと軽く頬を膨らませるかなでに、火積はくくっと咽喉を鳴らして笑った。そんな彼を恨めしげに見上げていたかなでは、ふと空に目を転じて小さく声をあげた。

「わぁ……降ってきた」

かなでの声に、火積もちらっと薄曇りの空を見上げた。小さな雪の粒が風に舞うように空から落ちてくるのを見つめていると、雪の上に寝転がったままのかなでが、すっと目を細めた。

「……初雪、だね」

怪訝そうに首を傾げて彼女に視線を戻すと、かなでは火積を見上げたまま口元に笑みを浮かべた。

「火積くんと一緒に見る初めての雪でしょ? だから、初雪」

「そう…か」

くすぐったそうに視線を逸らす火積のほんのり赤くなった横顔を見上げ、かなでは楽しそうにふふっと笑った。

「これからもいっぱい、一緒の初めてがあるといいね。初めてのスノーボードと雪は見たから、次は……初めてのバレンタインかな」

小さな声で言ってから赤くなるかなでの様子に、火積は彼女の顔をまともに見れなくてそっぽを向いていたが、いつまでもこのままというわけにもいかない。ちらっとかなでを見おろしてから、火積は赤い顔をしたままぼそりとつぶやいた。

「……背中、冷てぇだろ? 起こしてやるから、俺に掴まれ」

「うん」

素直にうなずいて首に手を伸ばしてくるかなでに、火積のほうが照れてぎこちなく彼女の背に手を廻した。そうしてかなでの小さな身体を抱き起こすと、かなでは火積の肩におでこを押し付けて、安心したように微笑んだ。

「火積くん……あのね」

「ん? どうした?」

問いかけるとかなでは顔を上げ、火積の目を覗き込むようにして小首をかしげた。

「……大好き」

「!!??」

瞬時に顔を朱に染めた火積に、かなでも頬を紅に染めると「えへへっ……言っちゃった」と呟いて小さな舌をぺろっと出してみせた。その様子に火積は思わず顔を逸らして左手で顔を覆っていたが、やがて深いため息をついてからぎゅっとかなでの小さな身体を抱きしめた。

「……そういうこと、簡単に言うなって、言ってるだろうが……じゃねぇと……」

「火積くん…?」

「このまま……離せなく、なっちまうだろうが」

 

ようやく起き上がったかと思うとそのまま抱きあっているように見える二人を、コースの端から遠巻きに眺めていた如月響也と水嶋新は、示し合わせたわけでもないのに同時にため息をついた。

「……あーあ。火積先輩、コースをバッチリ邪魔してるの、全然気がついてないし」

「勝手にやらせとけよ。みんな、アイツの面相にびびって勝手に除けてくれてるしさ」

おわり