貴方の一歩が、私には二歩。だから一緒に歩いていても、いつの間にか貴方は隣にいなくて。
早足で一生懸命追いかけるけど、貴方の背中はどんどん先に行ってしまう。それがすごく不安で、置いていかれるようでとても怖くて。
泣きそうになるのを堪えて唇をぎゅっと噛みしめて追いかける。
すると貴方は立ち止まり、振り返って呆れたような顔をした。
「ったく。トロくさいな、お前は」
「仕方ないじゃない。足の長さが違うんだから」
そう言って私がふくれると、貴方は唇の端を持ち上げて皮肉っぽい笑みを浮かべる。
「へぇ。少しは自分の事がわかってきたみたいだな」
立ち止まっている貴方にようやく追いつくと、私は軽く呼吸を調えて貴方を見上げる。
「どういう意味?」
「お前はガキだってこと。わかったんだろ?」
私が眉をひそめ、抗議の意味を込めて軽く小突くと、貴方はくすくすと笑いながらそれをあっさりと躱してしまう。そして私の頭をぽんと叩いて、いつもこう言った。
「そうやってすぐ怒るからガキだって言ってんだよ」
そして貴方は私に背を向け、再び歩き出してしまう。
「アリオス!」
私が叫んでも貴方は振り向きもしない。ただ片手を上げてこう答えるだけだ。
「ほら、ぐずぐずしてると日が落ちちまうだろ。さっさとついてこいよ」
再び遠ざかる貴方の背中。追いかけても追いかけても、それは近づいてはこなくて。
貴方は一人で歩いて行ける人だから。置いていかれる悲しみや、とり残される不安なんて、貴方にはちっともわからないんだ、って、そう思ってた。
そう。ずっと……そう思ってた。
「お前、ハシャギすぎ」
呆れたように前髪を掻き上げる貴方の前で、私は口元を両手で押さえてふふっと笑った。
「だって嬉しいんだもん」
「たかが散歩ぐらいでそんなに喜ぶなんて、女王様ってのはよっぽどつまんない生活してんだな」
「たかがじゃないよ。あのね……アリオスが一緒だから嬉しいの」
私の言葉に、貴方は一瞬呆けたように立ち尽くした。でもすぐに顔を伏せると、くっくっと咽喉の奥で笑いをかみ殺したような音を立てる。
「何で笑うの? ここは笑うとこじゃないでしょ!」
膨れっ面をしながら石段を駆け降りて貴方に抗議をする。なのに貴方は笑いを治めようとはしない。
「もおっ! いつまで笑ってるの!」と、貴方を叩いてみたけれど、貴方はいつまでも笑ったままで。
やがて私は拳を降ろし、恨めしげに貴方を見上げた。さらりと言った言葉だけど、口に出すのには結構勇気がいったんだから。なのにいつまでも笑っている貴方。きっと私の事、馬鹿な子だなって思ってるんだろうな。
そう思ったらなんだか悲しくて、知らず知らずに視線が地面に落ちてしまった。そうしたら突然、私の頬に貴方の手がそっと触れた。暖かくて優しくて……だから驚いて顔を上げて貴方を見上げてしまう。
そしたら、そしたら貴方の顔が近づいてきて……私、慌てて目をぎゅっと閉じてしまった。
むにっ
痛みに驚いて目を開けると、そこにはにやにやと笑う貴方の顔と、私の両頬を摘まんでいる貴方の手があった。
「にゃ、にゃにふるのよぉ!」
「俺が何かするたびにいちいち落ち込むなっての。俺はお前の面白い顔が気に入ってんだから」
「お、おもひろいって、アリオスが掴んでるからにゃにゃいのぉ!!」
涙目になりながら貴方を見上げ、貴方の両手首を掴んで頬から離そうとジタバタ暴れてみる。そしたら意外にもあっさり手が離れた。ちょっと拍子抜けなんて油断してたら、いきなり私の頬を貴方の手がそっと包み込んだ。
そして貴方の唇が潤んだ目にそっと近づいたかと思うと、零れそうになっている私の涙をぺろりと舌で舐めとる。びっくりして貴方を見つめるしか出来なくて。なのに貴方は、真っ赤になった私を見下ろしていつもみたいにニヤリと笑う。
「ほら。やっぱり面白い顔するじゃねぇか」
やっぱり貴方は意地悪だ。こういうとこ、全然変わってない。でも、それがすごく……心地いい。
貴方の一歩が、私には二歩。だから一緒に歩いていても、いつの間にか貴方は隣にいなくて。
早足で一生懸命追いかけるけど、貴方の背中はどんどん先に行ってしまう。それがすごく不安で、置いていかれるようでとても怖くて。
泣きそうになるのを堪えて唇をぎゅっと噛みしめて追いかける。すると貴方は立ち止まり、振り返って呆れたような顔をした。
「ったく。トロくさいな、お前は」
「仕方ないじゃない。足の長さが違うんだから」
そう言って私がふくれると、貴方は唇の端を持ち上げて皮肉っぽい笑みを浮かべる。
「へぇ。少しは自分の事がわかってきたみたいだな」
立ち止まっている貴方にようやく追いつくと、私は軽く呼吸を調えて貴方を見上げる。
「どういう意味?」
「お前はガキだってこと。わかったんだろ?」
私が眉をひそめ、抗議の意味を込めて軽く小突くと、貴方はくすくすと笑いながらそれをあっさりと躱し、私の頭をぽんと叩いてこう言った。
「そうやってすぐ怒るからガキだって言ってんだよ」
そして貴方は私の手を取った。驚いて貴方を見上げると、私を見下ろしているいたずらっ子のような瞳がそこにあった。
「いつ転ぶかと思うと危なっかしくて見てられねぇんだよ。ったく、毎日こんなガキのお守りしてる守護聖さまってのはたいしたもんだぜ」
整った口から漏れたのはこんな言葉だったけど、貴方の色が違う二つの瞳のその奥に、優しい光が見えたような気がした。
だから私は安心して微笑み、貴方の手をぎゅっと掴んだ。
「うん。だからアリオス、私を捕まえててよ。転ばないようにずっと側で支えててよ」
「バーカ。甘えんじゃねぇよ」
そう言って貴方は苦笑し、私の手の指に自分の指を絡ませて、強く握りしめた。
今頃……やっと気がついた。
貴方は置いていかれる悲しみや、とり残される不安を誰よりも知っていたんだ。それなのに私を置いていったのは、それは貴方の優しさだったんだって。
あの時一番辛かったのは、きっと貴方だったんだって。
もう私、貴方の背中を追いかけなくてもいいんだね。だって貴方は、これからいつだって私の隣にいてくれるはずだから。