Short Storys vol.3

 

「オースカーさまっ♪」

ノックとほぼ同時に扉が開けられたので見上げてみると、緑色の目をきらきら輝かせながら笑っている補佐官の姿が戸口にあった。その屈託ない笑顔につられ、オスカーもついくすっと笑ってしまう。

「何かご用ですかな、愛らしい補佐官殿?」

ふふっ、とアンジェリークは笑うと後ろ手に何か隠したまま、そろそろとオスカーの座る執務机に近づいた。そして目の前で立ち止まると、隠していた手をさっと前に差し出した。

「はい、どうぞ。お待ちかねの定期便でーすv」

見れば、アンジェリークの手の上に乗っているのは白い封筒。オスカーが手を伸ばして受け取ると、封筒から得も言われぬ香りが一瞬漂った。

――彼女の香りだ

オスカーは目を細める。そして顔を上げると、目の前に立ったままの新任補佐官に優しく微笑みかけた。

「ありがとう、アンジェリーク」

途端に、アンジェリークの頬が紅色に染まる。

「い、いいえっ。あ、あの、じゃあまた来ますねっ」

「ああ、いつも悪いな」

「そ、そんなことっ」

慌てて答えると、アンジェリークはくるりと背を向け、ぎこちない動きで扉に向かう。そして扉を開けながら、もう一度オスカーを振り返ってぺこりと頭を下げた。

「じゃ、じゃあ失礼しますっ!」

「ああ、ありがとう……」

オスカーがもう一度優しく礼を述べると、アンジェリークはゆでダコのように顔を真っ赤に染めて、慌てて扉を閉めた。

扉を閉めると、アンジェリークはいきなり駆け出した。だーっと聖殿の廊下を駆け抜け、中庭まで息もつかずに走りきると、建物の外れにある花壇の前でようやく立ち止まり、はーっと大きく息を吐きだした。

「はぁ、はぁ……っ! あ――もうっ、あんな顔されたらドキドキしちゃうじゃないの――っ」

深呼吸を何度も繰り返し、ようやく息が整ってくると、アンジェリークはゆっくりと歩き出す。そして、花壇の近くにあるベンチにちょこんと腰を下ろし、はぁ?っとまた溜息をついた。

が、すぐにアンジェリークはにやにやと笑みを浮かべ始め、口元を手で押さえながら小さな声できゃーきゃーと騒ぎ始めた。

「にしてもオスカー様ってば、ロザリアのこととなると、あーんな優しい顔しちゃって。『ありがとう、アンジェリーク』なんて、いつもだったらお嬢ちゃんとか新米補佐官殿とかしか呼ばないくせにっ! 私が二人のキューピッドだから、機嫌を損ねちゃ大変だって気を使ってるんだろうな?っ! もーっ、ほんとメロメロなんだからぁ!!」

このこのっと言いながら、ひじで誰もいない隣の空気を攻撃してみたりと、一人で大盛り上がりな新米補佐官殿であった。

 

丁寧に封を切って、レースが縁取られた薄い便箋をそっと開く。ただの手紙ではあるが、この紙に彼女の手が触れたのだと思うと、粗末に扱うことなど出来ない。

便箋に綴られた文字は、女王候補の頃から変わっていない。流れるように美しく、けれど力強い。自信に満ち溢れたその字面は、紡ぎだす彼女そのものを彷彿とさせるものだった。

手紙の内容も、いつもとそれほど差はなかった。

アンジェリークとお茶会をしてこんな話をしたとか、女王宮の庭に咲いた百合の花の美しさとか、久しぶりの休日に聴いた管弦楽にいたく感銘を受けたとか。

彼女の日常が平穏無事にゆったりと過ぎていっていることに安心しながら、いつも末尾のサインに添えられた言葉を見るたびに、苦笑いともつかない溜息がオスカーの口から漏れた。

――敬愛を込めて

ロザリア

「敬愛……か」

「女王」ではなく、彼女自身の名前が記されているのだから、それで満足しなければいけないのかもしれない。

お互いの気持ちを知ったうえで、彼女は女王となる道を選び、自分もそれを支えると誓ったのだから。

それでも――と、オスカーは便箋を丁寧に封筒に戻す。

「君に、今もあなたを愛していると言って欲しいと願うのは――」

そしてゆっくりと、彼女の使う香水の香りが移った封筒を自分の口元にそっと寄せた。

「こうして君に触れたいと望むのは――罪深いことなんだろうか?」

窓から吹き込む風が、オスカーの髪を揺らして通り抜けた。

そして彼はつぶやく。誰に聞かせるでもなく、自分自身に宣誓するかのように。

「――いつか時が来たら。もう絶対に……君を離しはしない」

 

やがて彼が目を開けると、そこにはもういつもの炎の守護聖が座っていた。

そして彼は封筒を机の中にしまって立ち上がり、足早に扉へ向うと、自分の職務を果たすために部屋を後にした。

おわり