リュミエールの部屋を辞したロザリアは、ちらりと隣の部屋の扉に視線を移して小さなため息をついた。が、すぐに顔を上げて元気よく歩き出すと、炎の守護聖の執務室の前でぴたりと足を止めた。
そして「こほん」と自分を落ち着かせるように咳払いをして右手を握りしめたところで、扉をノックしようとしたその手は扉から数センチのところで止まってしまった。
やがてその手はゆっくりと降ろされ、ロザリアの口から重いため息がこぼれる。そうして彼女は扉に背を向けると、とんっとその扉に背中を預けて廊下の天井を見上げた。と、突然前触れもなく彼女の寄りかかっていた扉が開いた。
「きゃあっ!?」
悲鳴を上げて、無意識に身体を捻って背中から倒れ込むのを防ごうとしたが、ロザリアの身体が地面に激突することはなかった。
「……大丈夫か?」
力強い腕と、すぐ側で響く甘い声に、彼女の心臓が大きな音を立てて鼓動を刻み始めた。が、すぐに彼女は“優秀な補佐官”である自分を取り戻し、いつも自分を翻弄する男の身体をぐっと押し戻した。
「だ、大丈夫ですわ。ご心配ありがとうございますっ!」
「そうか。――しかし嬉しいな」
「……なにがですの?」
オスカーの言葉に、ロザリアは怪訝そうに顔を上げて彼を見つめた。するとオスカーはにやりと笑い、今度は彼女の腰に手を回して先程以上に自分の方へ引き寄せる。
「今朝はあんなに怒っていたが、やっぱり俺に会いたくなったんだろう? 扉を開けるのももどかしいとばかりに、腕の中に転がり込んできてくれるなんてな」
「あなたが急に扉を開けるから悪いんですわ! 離して下さい! もうっ!」
そう言ったところで、きっとこの男はそう簡単には解放してくれないだろう、と思いながらも、ロザリアはいちおう抵抗してみせた。すると意外なことに、オスカーはすっと腕を引くと、ロザリアから身体を放して数歩後ろに下がった。そして、驚いている彼女を見下ろして薄く笑ってみせる。
「これでいいか? 補佐官殿」
オスカーの態度に拍子抜けしたのか、ロザリアは一瞬戸惑ったような表情を浮かべた。が、すぐに我に返ると、頬を染めて小さくうなずく。
「ええ。いつもそういう態度でいらしてくださればいいのよ」
「――ベッドの中でも?」
「そ、それは今、関係ありませんっ!」
叫んでから、ロザリアは「あっ!」と小さく声を漏らして口元を手で被い、顔を真っ赤に染めてしまった。その表情の変化に、オスカーは満足そうな笑みを深くする。
「それはよかった。ベッドの中でも君に触れるなといわれたら、俺の神経が持ちそうにないんでね」
「わ、わたくし、怒っていますのよっ! もう少しで遅刻しそうだったというのに、あなたときたらっ……!」
「それは俺の罪というより君の罪だろう? 我が姫君の朝もやの中に浮かぶ姿が、あまりに美しすぎるからいけない」
「もうっ! 少しは反省して下さいっ!」
「――ほんとにさぁ。ああいうのは、扉をしっかりと閉めてやれっていうの。毎朝毎日、よくもまぁおんなじような喧嘩ばっかりして、聴かされる方の身にもなって欲しいわけよ」
憮然とした表情で呟くオリヴィエを見下ろしながら、ルヴァは「そ、そうですねぇ。あ、あははっ」と引きつった笑みを浮かべた。