「ね、ね、ね、オスカー!」
珍しく酔ったらしいオリヴィエが、猫なで声を出しながら俺に寄りかかってきた。そして胸元にじゃらじゃらとかけているネックレスの一つを持ち上げて、俺の鼻先へ押し付ける。
「見てよぉ、これ。すっごい綺麗でしょ??」
「別に。男のアクセサリーなんぞに興味ない」
鬱陶しく迫るオリヴィエの手を払いのけると、奴の手に乗っていた金のペンダントヘッドがするりとこぼれ落ちた。
「あっ!」
オリヴィエは小さく呟き、目でその行方を追う。が、ぶらんと自分の胸元にそれが戻ったのを確認した途端、きっと顔を上げて目を細めて俺を睨みつけた。
「あんたねぇ! 大事なネックレスにキズでもついたらどーしてくれんのよ!」
「そんな大事なものなら、着けてこないでしまっとけ」
「やーだよ! 見せびらかしたいんだから!」
「俺は見たくないんだよっ!」
俺とオリヴィエの酒の上での言い争いに、最初の方こそハラハラと困惑していたリュミエールだったが、最近はすっかり慣れたらしい。俺たちが5杯目のワインを空にしたグラスをのほほんと見つめながら、2杯目のワインに口を付けている。
「お二人とも、せっかく美味しいお酒をいただいたのですから。じっくりと味わってはいかがですか?」
そう言って、ほんのりと頬を紅色に染めにっこりと微笑む。その、あまりにも動じないリュミエールの様子に、俺とオリヴィエは何となく拍子抜けしてしまい、どちらからともなく口をつぐんだ。
オリヴィエが自分を着飾る装飾品が大好きなのは知っている。が、だからといって、それを誰かにムリヤリ見せびらかしたりするほど軽薄な奴じゃない。いや、もしかしたらランディやルヴァなんかはその犠牲になっているのかもしれないが、少なくと俺に対しては、そういうことはしない。もっとも、見せびらかしたところでなんら面白い反応を返さないから、俺にはやらないだけかもしれないが。
そのオリヴィエが「見せびらかしたかった」と、例え酒の上ででも言ったのだから、おそらく本当に自慢したかったのだろう。
そんなことをつらつら考えながら、ワインをグラスに注いで顔を上げると、真向かいのリュミエールと目が合った。すると奴は、まるで俺の考えていることなどお見通し、とばかりに軽く微笑み、隣でつまらなそうに頬杖を突くオリヴィエに視線を移した。
「オリヴィエ、そのネックレス、私に見せてくださいませんか?」
「ん? なに、リュミちゃん興味あるの?」
「ええ。ずいぶんと綺麗なものだなと、先程から気になっていたのです」
「さっすがリュミちゃん! どっかのバカとはやっぱり目のつけ所が違うねぇ」
「いーよ、いーよ。じーっくり見せたげる♪」と言いながら、オリヴィエはちらりと俺の方へ視線を移した。勝ち誇ったような、バカにしているような、イヤミな奴の視線から顔を逸らし、俺はぼそっと呟く。
「誰がどっかのバカだよ。ちゃらちゃら着飾った年中お祭り男に言われたくないぜ」
俺はなんとなく面白くなくて、そっぽを向いてワインを煽った。が、ちらりと様子を伺うと、リュミエールが手にしたネックレスを見ながら困惑の表情を浮かべているのが見えたから、俺はワイングラスをテーブルに戻すと、立ち上がってリュミエールの方へ歩み寄った。
「なんだ。そんなに価値のある物なのか?」
「え、ええ。と、いうか……」
困ったように顔を上げるリュミエールの手元に目をやり、俺もまた言葉に詰まった。装飾品にはほとんど興味のない俺ですら、はっきりとわかったからだ。
「おいおい。イミテーションにしたって出来が悪すぎるぜ、これは」
そして、ひょいっとメダル状のペンダントヘッドをリュミエールの手から取り上げた。思った通り、それは信じられないほど軽く、金メッキの出来も最悪だ。
「こんなものを自慢げに首からかけていたとはな。お前、いったいどうしちまったんだ?」
手の中のメダルを軽く放り投げながら呆れたように俺が言うのと、オリヴィエがすっくと立ち上がってメダルを俺の手から引ったくるのはほとんど同時だった。
「大事なもんだってさっきから言ってるだろ! 価値もわからないくせに!」
「価値なんかないだろう、そんなイミテーションの出来損ないに」
「大アリだよっ!!」
怒鳴るとオリヴィエはどすんとイスに座り込み、俺を睨み上げた。
「これはね、聖地に住んでる子供たちがくれたんだ。もうすぐ私の誕生日だからってね」
「え?」
俺の代わりに、リュミエールが思わず言葉を漏らした。するとオリヴィエは俺から視線を外し、自分を落ち着かせるように一回だけ深呼吸をすると、リュミエールに向って少し落ち着いた声で話しだした。
「普段からそんなに接点はないんだけどね。それでも、たまに女の子達に化粧とか服装とかのアドバイスしたげたりしてたんだよ。そしたらさ、私の誕生日がもうすぐだってどっかから情報仕入れたらしくて、皆でプレゼントしに来てくれてね」
言いながら視線を落とし、愛おしそうに手の中の金メッキのメダルをそっと撫でた。
「みんなでお小遣いを出しあったんだって」
「……悪かったな」
俺は素直に謝った。するとオリヴィエは顔を上げ、しばらく俺を見つめて唇の端をきゅっと上げた。
「ま、いいよ。確かに、ぱっと見は最悪のイミテーションだし」
「……価値は見た目ではわからない、ということですね」
リュミエールが囁くと、オリヴィエはにっと笑った。
「そういうこと♪ 金とか銀とか財宝とか、確かに誰が見ても価値がある物もあるけどさ。世の中はそれだけが宝物ってわけじゃないんだよね」
「……そうだな」
呟くと、俺の顔にも自然に笑みが浮かんだ。金銀財宝、それだけが宝ではない。その人にとって一番大切なものこそが、何物にも変えられない魅惑の宝物なのだと知っているからだ。
すると、それを目ざとく見つけたオリヴィエが、イヤらしく目を細めてずいっと身を乗り出す。
「で、オスカー。アンタの宝物って……なにさ?」
俺はその言葉に苦笑した。そして顔をすっと動かして、隣の居間に向って声を掛ける。
「ちょっと来てくれないか?」
「どうなさったの? お酒が足りなかった?」
言いながら現れたのは、どんな財宝よりも俺を捕らえて離さない至高の蒼薔薇。
「いいや、酒じゃないんだ」
俺は軽く微笑むと、目の前に歩いてきたロザリアに手を伸ばした。すると彼女は怪訝そうな表情を浮かべながらも、伸ばされた俺の手にそっと触れる。
「じゃあ何かしら?」
「なに……俺の宝物を、ぜひこいつらに見せびらかしたくてね」
不思議そうに首を傾げるロザリアの頬に手を伸ばし、俺は小さく笑った。
ロザリアの唇に触れる寸前、俺はオリヴィエとリュミエールの方をちらりと盗み見た。案の定、リュミエールは所在なげに視線を逸らし、オリヴィエは呆れたような表情を浮かべている。
かまうもんか。他の奴になんか、価値がわからなくてもいい。
彼女は――俺だけの宝物なのだから。