Goodbye to Yesterday

 

暖炉にくべられた薪が、音を立てて爆ぜる。その音は静かな室内に響き渡った。しかしこの屋敷の主はそんな音など気にするふうでもなく、手にしていた本のページを捲った。

するとかさりと微かな音をたてて、捲られたページからはらりと紙切れが落ちる。その紙切れを床から取り上げた男はそれをしばらく見つめた後、咽喉の奥で微かに笑った。

「どうしたの?」

微かな笑い声が聞こえたのか、部屋の片隅で暖かい紅茶を注いでいた少女は持っていたティーポットをテーブルに置き、湯気の立ち上るカップを手にして男のそばに寄り添ってきた。

「……いや。ずいぶんと懐かしいものを見つけたんでな」

手渡されたカップに口を付け、代わりに手にしていた紙切れを少女に差し出す。

「まだここに来る前の写真だ。……てんでガキだった頃のな」

男はもう一口カップの中身を音を立てないようにして啜り、膝の上に拡げていた本を閉じてその表紙を懐かしそうに軽く撫でた。

「そうか……あの頃からこの本を持ってたって訳だな。もう、何度読み返したか分からなくなったのも道理だな」

「それ程時間は経っていないでしょう? この写真の頃からだと」

「確か16?7の頃だ。だが……俺以外、周りは総て気が遠くなるほどの年月が過ぎたはずだ。この写真を撮った奴も、もうとっくにこの世にはいないだろうからな」

「あなただけじゃないわ。その本も……そうでしょう?」

写真を手にしたまま少女はにこりと笑う。 その優しげな微笑みを見上げ、ふっと唇の端に笑みを浮かべた男は手にしていたカップをサイドテーブルに置き、写真ごと少女の手を掴んで自分の方へ引き寄せた。

そしてすとんと自分の腕の中に治まった少女を抱きしめ、その髪に唇を寄せながら男は囁く。

「俺はあの頃に比べると弱くなっちまったな」

「え?」

「あの頃は怖いものなんかなかった。『俺は強いんだ。誰も俺を屈服させることは出来ない』……単純にそう思えた。そう、ガキだったんだ」

「あなたは今だって強い人でしょう?」

伺うようにゆっくりと顔を上げる少女の瞳に優しく微笑みかけ、その頬を大きな手で包み込んで男は言葉を続けた。

「いいや、弱くなったよ。……君っていう弱点が出来てしまったから」

「私……が?」

「そうさ。唯一にして絶対の俺の弱点。それが……君だ。君を失ったら俺はもう生きてはいけないからな」

「……オスカー」

少女が軽く頬を赤らめ何かを訴えるように開いた唇を、男はゆっくりと自分の唇で塞ぐ。軽く触れ合った唇を離すと、ふっと目を開けた少女に微笑みかけ男は小さな声で囁いた。

「でも……同時に俺はあの頃よりずっと強くなった。君を守る為なら俺は何だって出来る。君の存在は、俺を世界中、いや宇宙中で一番強い男にしてくれるんだ。……君が俺を愛していてくれる限りな」

「それなら……あなたはこれからもずっと強いままだわ。未来永劫、ずっと……」

少女は自分の頬に触れる男の手に自分の白い小さな手をそっと添えて囁いた。男は満足そうにくすっと笑うと、目を伏せた少女の顔を軽く上げさせて、再びその柔らかな唇に自分のそれを近づけていった。

ぱちぱちと音を立てて暖炉の薪が爆ぜる。

燃え上がる炎のほの明るい中に浮かび上がったシルエットは、いつまでも重なり合ったまま離れようとはしなかった。

おわり