最初は夢だと思いました。不安な僕の心が生み出した幻なのだと……
「あっ! わーい、ティムカさーん!」
赤いおさげを揺らし、手をちぎれんばかりに振りながら走ってくる懐かしい姿。
「あはっ。お久しぶりです、メルさん。お元気そうですね」
「うん。メルはいつだって、とーっても元気だよ。ティムカさんは?」
「はい、僕もです。今日は来て下さってありがとうございます。お疲れではないですか?」
「ううん、大丈夫。ねぇティムカさん、他の人をさっきから一生懸命捜してるんだけどみつからないの。もう来てるのかなぁ」
「実は、招待状をちゃんと送れたのってメルさんとヴィクトールさんだけなんです。セイランさんは聖地の門で別れた後どこに行かれたかわからないし、エルンストさんも研究院を転々としてらっしゃるのでちゃんと届いたかどうかわかりませんし、庭園の商人さんにいたっては、見当もつかなくて…」
「守護聖のみなさんは? 招待したの?」
「あはっ。あの方々は、雲の上の存在ですから無理ですよ」
「アンジェリークは? 呼ばなかったの?」
「ええっ!そ、そんなの無理に決まってます! 新宇宙の女王なんですから。彼女は……」
俯きがちになる僕からちょっと目を逸らして、メルさんは以前と同じようににっこりと笑いました。
「えへっ、そうだね。ティムカさん、アンジェの事大好きだったのに、アンジェは女王になっちゃったんだよね」
「メ、メルさん! ぼ、僕はそんな!」
「くふっ、メルは占い師だよ。ちゃーんと知ってたんだから。誰にも言わなかったけどね」
おそらく耳まで真っ赤になっている僕を、いたずらっぽく覗き込むようにしてメルさんは言いました。「と、とにかく部屋まで御案内します」
「うん。メルね、王宮にお泊まりするのって始めて。とーっても楽しみ!」
本当に嬉しそうに目を輝かせるメルさんの顔をやっぱりまともに見れなくて、俯いたまま僕は歩き出しました。
「あ、いたいた。ティムカさーん!!」
式の軽い打ち合わせを終えた僕は、カムランの部屋に続く廊下を歩いていました。昨日からふたりで作っている竹細工を、今日もまた一緒に作ろうと思ったのです。
「メルさんどうしたんですか?…あ、ヴィクトールさん!」
メルさんの後ろには、聖地にいた時と変わらない頼もしいヴィクトールさんの姿がありました。
「久し振りだな、ティムカ。元気そうでなによりだ」
ヴィクトールさんの懐かしい姿に嬉しくなって、ついはしゃぎそうになる自分を押さえ、僕は微笑みました。いつまでも子供みたいだと思われたくなかったですから。
「はい、ありがとうございます。ヴィクトールさんもお変わりなく。どちらにいらっしゃったんですか? 僕もメルさんも、随分捜したん……」
その時、ヴィクトールさんの陰から、すっと女の人が現れました。聖地にいた時、僕がずーっとみていたあの人が……。
「お久しぶりです、ティムカ様。もうすぐ即位なさるそうですね。おめでとうございます」
「はぁ……」
中庭の噴水の縁に腰掛け、夜空を見上げながら僕はため息をつきました。
ここは僕のお気に入りの場所。以前はそれほどでもなかったのに、聖地から帰って来てからは一番落ち着ける場所になっていました。
聖地の庭園に似ているから……あの人と歩いた、あの庭園の噴水に。
「僕は……どうしたらいいんでしょう」
昼間、聞いた話は信じられないものでした。女王陛下の幽閉、守護聖様方の拉致・行方不明。この宇宙への“皇帝”と名乗るものによる侵略。
「ロザリア様がおっしゃったんです。この宇宙を、あなたの故郷を救ってと。私は補佐官だから、陛下の側を離れるわけにはいかないのって微笑んで、そのまま……東の塔に向かわれて……」
「……気丈な方だな」
「はい……ティムカ様、御迷惑なのはわかっています。でも、それでもお願いします。私達と一緒に来てほしいんです。この宇宙を救うのを手伝っていただきたいんです」
「ティムカさん、メルもね、メルも初めはとっても恐かった。そんなのメルにできっこないって思った。でもアンジェリークはいいって言ってくれたの。メルさんが一緒に来てくれるだけで強くなれるからって。だからメルは言ったの。言う事ができたの。素直な心で『一緒に行くよ』って」
「正直、お前が来てくれたからと言って事態が急に好転するわけじゃない。逆になる可能性だってありえる。だが、何もせずこのまま過ごすのは俺の性に合わない。僅かでも可能性があるなら、精一杯最善と思える事を試したい」
「メルさん、ヴィクトールさん……」
「ティムカ様」
突然声をかけられて、僕は現実に引き戻されました。
「ア、アンジェリーク! どうしたんですか、こんな時間に……」
「なかなか寝つけなくて外を見たら、ティムカ様が歩いていらっしゃったので……御迷惑ですか?」
「そんなことはありません。……あの、もしよろしければ、少しお話していただけますか?」
「はい、喜んで」
アンジェリークは優しく微笑むと僕の隣に腰掛けました。
心臓の音が彼女に聴こえませんように……
僕は思わず月に祈ってしまいました。
「素敵な服ですね。雰囲気が変わっていたのでびっくりしました」
「ロザリア様にいただいたんです。代々つたわる女王の戦闘用の服だそうで……あの、変ですか?」
「戦闘用というのはともかく、とっても大人っぽくてよくお似合いです。あ、すみません! あなたは新宇宙の女王陛下ですもの、大人っぽく見えて当然ですね」
僕がそう言うと、アンジェリークは少し目を伏せました。
「私……大人なんかじゃありません」
「えっ?」
「今だってどうしていいのかわからなくて、誰かに頼りたくて……でもそんな事を言っていられないから、精一杯背伸びして笑って……」
アンジェリークは天をあおぐようにして両手で目を擦った後、少し照れくさそうに舌をペロッと出して僕の方に向き直りました。
「不思議ですね。私、聖地にいた時も、ティムカ様にこんな話ばかりしていたみたい。他の人には言えないような、弱気な事をいつも」
「僕でよろしければ、いつでもお話を聞きますよって試験の時も言いましたよね」
「そうでしたね。……だったら…」
彼女は何か決心したような表情で立ち上がり、僕を見ました。
「一緒に来て下さい。そしてまた私の愚痴を聞いて下さい。他の人じゃダメなんです。ティムカ様じゃないとダメなんです。お願いします!」
ペコリと頭を下げると、アンジェリークはこちらを振り返らずに走って行ってしまいました。
後に残されたのは、混乱して何が起こったか分からずにいる、僕。
他の人じゃダメって……僕じゃないとって……それって、つまり……
「じゃあ、いってきますね。国のみんなにちゃんと説明してきます」
「頑張ってね。メルもみてるから」
「しっかりな。まぁ、お前なら大丈夫だろうが」
心配そうに手を握るメルさんと、軽く肩をたたいてくれるヴィクトールさんの後ろに、彼女は立っていました。
僕の大好きな笑顔を浮かべて……。
本当はね、アンジェリーク。国のみんなの前に出る時は、即位式には、あなたに隣にいてほしかったんです。
僕と一緒に、僕の隣りに……。
僕はあらためて振り返りました。彼女を見る為に……これから彼女を守っていく為に。
「行ってきます、アンジェリーク」