「それじゃあランディ様は、あの人たちが助からなくてもよかったっていうんだな!」
叫ぶユーイに向ってランディは目を細めると、小さくため息をついた。
「そうは言っていない。ただ俺達は守護聖である以上、自己中心的な行動は慎まなくちゃいけないんだ。だからああいう場合は助けを……」
続けようとした言葉は、ユーイが勢いよく机を叩いたことでランディの中に留まった。聖獣宇宙の若い風の守護聖は、自分と先輩であるランディとを隔てている机をぎゅっと掴み、身を乗り出して怒鳴った。
「そんなのを待ってる時間なんてないっ! オレが飛び込まなかったら、あの子は溺れてたんだぞ! その後で助けが来たって、あの子は助からなかったっ!」
「少し落ち着けよ、ユーイ。いいかい、俺達は守護聖なんだぞ。あの子達を助けることも大切だけれど、もしも俺達自身になにかあったら、この宇宙が……」
「宇宙なんて関係ないっ! 目の前の人を助けちゃいけないような守護聖だったら、そんなの、オレはやめてやるっ!」
「ユーイっ!」
その発言にランディは思わず怒鳴ったが、ユーイはふんっと鼻を鳴らすと眉をひそめたままくるりときびすを返し、足を踏みならしながら大股で出口へと歩き出した。
「オレ、ランディ様のこと尊敬してた。ランディ様みたいな守護聖になりたいって思ってた。けど、そういうこというランディ様は大っキライだ!」
叫びながらユーイは扉を開け、机を廻って駆け寄ってくるランディを振り返ろうともせずに、彼の鼻先で勢いよく扉を閉めた。
「ユーイ! ちょっと待てよっ!」
叫んで扉を開け廊下に出てみると、後輩は軽やかな足音を立てて廊下を走っていて、結局ランディは、小さくなっていくその背中を見送るしかなかった。
「……まったく」
小さくため息をついて肩を落としたランディが部屋に戻ろうとすると、その左肩にふわりと温かい手が乗せられ、はっとなったランディは後ろを振り返った。
「オスカー様?」
「風の守護聖っていうのは、どいつもこいつもバタバタやかましいな。まぁ、元気が取り柄だから仕方がないが」
「す、すみません。お騒がせしてしまって。あとでユーイには、しっかりと言っておきます」
ぺこりと頭を下げるランディの後頭部をしばし見つめ、やがてオスカーは軽く微笑むと、ランディの肩に置いていた右手を頭へと移動させ、クセのある茶色の髪をくしゃくしゃとかき混ぜ始めた。
「後輩の失態を謝罪するとは、ずいぶんと先輩業が板についたみたいだな、坊や」
「い、いたたたっ! そ、そう思うなら、いいかげん坊やって呼ぶのやめてくださいよっ!」
「いくらユーイにとっては先輩でも、俺にとってはまだまだ坊やなんだよ、お前は」
ぐりぐりと押さえつけられるように頭を撫でられていたランディは、そのオスカーのひと言にむっと眉をひそめた。そしてオスカーの手を軽く払いのけると上体を起こし、「お?」と呟いて怪訝そうな表情を浮かべるオスカーを睨み上げた。
「いい加減にして下さい、オスカー様! そりゃあ、あなたからみたら俺はいつまでも頼りないかもしれないけど、最近はジュリアス様やルヴァ様に『大人になった』って言われるようになったんですよ! ロザリアも頼りにしてるとか言ってくれるようになったし、他にも……」
勢い込んで詰め寄ってくるランディを黙って見おろしていたオスカーだったが、やがて彼が一呼吸おくために息を飲んだのを見計らい、冷ややかな表情を浮かべたまま口を開いた。
「それは自慢か、ランディ?」
「……え?」
呟いてオスカーを見返すランディの瞳をじっと覗き込むと、オスカーはやはり無表情のまま答えた。
「自分はこれだけ褒められてる。認められている。だからこのオスカーも、相当の敬意をはらって自分に接してしかるべきだ。……そう、言ってるのか?」
言われてランディは、一瞬の後にかあっと頬を赤らめ押し黙った。その反応はつまり、オスカーの言葉に思い当たることがあったということだ。
所在なげにうつむくランディをしばらく冷ややかに見つめていたオスカーだったが、やがてふわっと表情を和らげると彼の頭の上にぽふんと手を乗せ、今度は優しく頭を撫でた。
「成長するのはいいことだ。けどな、成長と傲慢を取り違えるな。教え諭すのと、頭から押さえつけるのはまるで違う。ユーイにお前の言葉を届けたかったら、建前や常識なんかを通すな。不器用でも、お前自身の言葉で話せば、相手にはちゃんと伝わるもんだぜ」
ランディはうつむいて、オスカーにされるがままに頭を撫でられていた。が、やがてゆっくりと顔を上げると、口元に笑みを浮かべて目を輝かせた。
「俺、ユーイのところに行ってきます。そしてまず謝って、それから、改めて話をしてみます。先輩とか後輩とかじゃなくて、同じ『風の守護聖』として」
するとオスカーは微かに笑い、ランディの頭から手を外した。そして彼の肩をぽんっと一つ叩くと、そのままきびすを返してゆっくりと歩き出した。
「あの坊やは破天荒だが馬鹿じゃない。お前がきちんと導いてやれば、きっといい守護聖になるさ。ま、頑張るんだな」
「はいっ!」
叫ぶとランディはオスカーの背中に向ってぺこりと頭を下げ、そのまま元気よく走り出した。と、その背中に、オスカーの叱責が飛んだ。
「急ぐのはいいが、廊下を走るなよ、ランディ!」
「は、はいっ!」
ぴしっと背筋を伸ばして立ち止まると、ランディは照れ臭そうに頭をかきながら振り返った。
「あ、はは。やっぱり俺、まだ『坊や』って呼ばれても仕方ないですね」
ランディの呟きにオスカーはかすかに微笑むと、そのまま振り返らずに歩きながら、手を上げて振ってみせた。
「……そう素直に思えるなら、おまえはもう坊やじゃないぜ」