君が女王候補だったころ。俺は、パタパタという軽やかな足音が、廊下の向こうから聞こえてくるのが待ち遠しかった。
その足音は不思議なリズムで近付いてくるんだ。
「パタッ――――ぱたたた……パタタタタッッ」
音が最初に静かになった時は、ちょうどジュリアス様の執務室の前を通るとき。次に遠慮がちな駆け足をしているのは、クラヴィス様の執務室の前。
そしてそこを抜けると、足音は勢いよく駆け出して俺の執務室の前で止まる。
そこでようやく俺は、部屋の中を点検するために見回したんだ。だって、だらしないところを見られたくなかったからね。
それに君は、俺の部屋の前で立ち止まってから数秒間、走ってきた呼吸を整えるまで、部屋のドアをノックしないって事に気がついたから
――コンコン
足音と同じ、軽やかなリズムで君が扉をノックする。
「どうぞ。開いてるよ、アンジェリーク」
扉を開けてひょっこりと顔を覗かせた君は、大きな目をさらに見開いて俺の顔を見つめた。
「すごい。ランディ様、どうしてわたしだってわかったんですか!?」
「君が来るんじゃないかって予感がしたんだ。俺も――逢いたいって思ってたから」
緑色の瞳がこぼれ落ちちゃうんじゃないかと心配になるくらい驚いていた君は、俺の言葉で今度は頬を真っ赤に染めたっけ。
今も君は、ときどき俺の部屋へとやって来る。でもあの頃のような、胸が高鳴る軽やかな足音は、もう俺の耳には聞えてこなくて――。
「ランディ♪」
「うわっ!! ヘ、陛下っ、またそんなところから……」
ランディが振り返ると、アンジェリークは柔らかなドレスの裾とふわふわの金の髪を風に揺らしながら、窓枠に座ってにこにこと笑っている。
「だって、窓から抜け出さないと逃げられなかったんだもの」
そう言うとアンジェリークは、ひょいっと窓枠から飛び降り、腰に手を当てて眉をひそめているランディの前にすとんと降り立った。
「ずーーっと仕事仕事って言われてたから、頭痛くなっちゃったの。だから、気分転換♪」
「気分転換って……だったらちゃんとドアから入ってこなきゃ駄目だろ。まったく、何度危ないって言えば分かるんだい?」
うれしそうな笑顔は、ランディのそのひと言でたちまち寂しそうな表情へと変わった。そして彼女は、ちろりとランディを盗み見てつぶやいた。
「……ランディはわたしに逢えて嬉しくない? 逢いに来ちゃ、迷惑なの?」
じっとアンジェリークに潤んだ瞳で見つめられたランディは、しばらく立ちすくんで息を飲んだ。が、やがて小さくため息をついて肩を落とし、微かに口元の笑みを浮かべた。
「迷惑だなんて思ってるわけないだろう。俺だって――ずっと君と一緒にいたいんだから」
彼女の寂しそうな様子に全面降伏したランディの言葉を聞いて、アンジェリークは頬を染めながら溢れんばかりの笑顔を浮かべた。